石段・石垣とともにある暮らし

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赤みを帯びた母島地区の石垣
赤みを帯びた母島地区の石垣

沖の島(おきのしま)と鵜来島(うぐるしま)は、地形が急峻で平地がほとんどないため、人々は石垣を築いて海辺に家を建て、山には畑をつくりました。

灰色を帯びた弘瀬地区の石垣

集落の家々をつなぐ石段の道はとても狭く、人がやっと通れるような道を「カルイ」と呼ばれる道具を使って生活物資を運びました。
数百年の時にわたってこつこつと積み上げられ、迷路のように張り巡らされた石段は、島の歴史そのものです。
集落によってその様相も少しずつ違い、沖の島の石垣は、弘瀬地区では灰色を帯び、母島地区では赤みを帯びています。
また、石垣や石段の上に物を干したり夕涼みなどに使う「干棚」があるのも島ならではです。

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